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My Dear Cllifford

Spring is coming,Cllifford.
The flowers in front of the old Ponterwyed will bloom.

Daffodil! Daffodil!
The Welsh flower.

The yellow petals carried in the Spring Breeze,
Announce the comong of Spring on Aberaeron hills.
Proclaim the words of the Sprit.


春が来るよ  クリフォード
ポンテルウィッドのあの懐かしい古い大きな家にも花が咲くよ
ダフォディル ダフォディル
ああ、ウェールズの花よ
春風にその花びらを運ばせてアヴェイロンの丘へ春が来たよと伝えてよ
心の言葉を伝えてよ

 

親愛なるクリフォード

For  Cllifford Hubbard
生涯忘れられない人というのは、一体何人くらいの人でしょうか?
私にとってクリフォードはイギリスそのものでした。
人懐っこくて優しくて大きくて何の縁もない異邦人の私に沢山の思い出を作って下さいました。私たちが出会ったのは、雨が降る6月のウインザー展でした。
あまりの土砂降りで雨宿りをしたい私は、彼の店に入りました。
6月だというのに寒く念のために持って行ったレインコートをありがたく思いながら古本がずらりと並ぶ彼の店に入ったのです。
彼は、いたずら好きな少年のように「Dear 何か探し物かい?」と聞いてきました。
私は「雨が冷たいので入らせてもらった」とだけ答えました。
その日まで私は、古本に関心等まるでなくたまたま入ったのが彼の店だっただけなのです。
おまけに英語はチンプンカンプンです。
「雨が冷たいので入らせてもらった」は私の精一杯の言い訳だったのです。
彼はすぐ察したのでしょう。笑いながら作り笑いをする私に「ここにいていいよ」と言いました。
彼の店を出る時に、「日本に帰ったら手紙を書くよ」と約束して住所を聞きました。
帰国してすぐ私は彼に手紙を書きました。
雨宿りをさせてくれてありがとうとかラブラドールが好きだとか他愛もない手紙です。

それから私たちは、文通を始めたのです。
私たちの手紙は、お互いが海を越え山を越え幾度となく行き来をしついに1993年に私はラブラドールを勉強する為に彼を頼って渡英する事にしたのです。
イギリスへ着いて1ヶ月程した頃、ウエールズの彼の家に行きました。
古い大きな家が、暖かく迎えてくれました。
その家は沢山の古い本が所狭しと並べられ、中でも彼の部屋にある高級そうな棚に入っている本を私に「この本のことを、世の中の人は無くなってしまったと思っているけど私はちゃっかり持っているのだよ、うふふ」と嬉しそうに話してくれました。
私はイギリスにいる間何回か彼の家で過ごしました。
シーリーと一緒に3人でパズルをしたりお弁当を持ってハイキングに出かけたり花の名前を英語、日本語、ウエルッシュ語で教え合ったりと楽しい時間を過ごしたのです。
でもどうして彼らはそんなに親切にしてくれたのでしょう?
私は彼の高級な古本を何冊も買えるほどお金も持っていません。
おそらくは彼の不幸な生い立ちが、見ず知らずの私に親切にしてやらねばと思ったに違いありません。誰に対してもおそらくはそうであったのでしょう。
壊れた眼鏡をかけて、いつも同じすり切れた背広を着ているクリフォードの生活は決して楽ではなかったのだと思いました。
しかし夏の日に、門扉にかかるレースフラワーに「ハロー」と声をかけて、自分の車に「グロリア」と名付け、大好きな本に囲まれている彼の生活はとても心の豊かな生活なのだとわかるようになりました。
彼の家からの帰りはいつもサンドイッチを作ってくれました。
「ダーリン、列車の中で食べ物を買ってはいけないよ。高いからね。」
チーズとトマトのサンドイッチはビニール袋で包みオレンジジュースは、牛乳の空いた容器に入れて持たしてくれました。「ロンドンに着いたらこれらはみんな捨てなさい。こんなものを持っていたら田舎者だとバカにされるからね」と何度も念を押すのです。
私は、うんうんと言いながら聞き流し、わざわざ作ってくれたサンドイッチを列車の中で食べてしまうのはもったいなくて下宿まで持って帰りました。同じくジュースの入った容器ももったいなくて捨てきれず何度も繰り返し使っていました。ロンドンの下宿でお金のない私の生活を知ってシーリーがお手製のマーマレードを作ってくれました。
「風邪を引きそうになったらこれを紅茶に混ぜて飲むのよ」
そう言いながら渡してくれた大切なマーマレードはもちろん紅茶に入る事はなく全部パンに付けて頂きました。
 
晩年、いつものように手伝いをしているクラフツ会場で彼が「これが私の最後のクラフツだ」とつぶやきました。クラフツは彼にとって非常に大切な行事でしたから余程疲れているのだなと思っていました。
それから彼の体調は、かなり悪くなり入退院を繰り返していました。
手紙が来なくなってもきっと良くなると信じていました。
しかしある日、シーリーから彼が亡くなったという知らせが届きました。
もう2度と会える事なく声も聞く事が出来ません。
私は彼に伝えなければいけない言葉がありました。
 
それは、いつもアベリースツイスからロンドンの下宿に帰る時に私にこう尋ねました。
「アベリースツイスが好きになったかい?」
私はいつも照れて「うふふふ」と笑うだけで「大好きになったよ」と返事が出来ないままでした。
アイリッシュ海峡を臨み氷河期からのなだらかな丘陵を持つこの小さな町は私にとって特別な町です。ラブラドールを勉強したいと思って飛び込んだイギリスですが、私はクリフォードのおかげで人とは如何にあるべきかを学んだ気がします。
この素晴らしい恩師のおかげで私の人生は人並みになったのだと思います。
心残りは日本に招待すると言いながら彼の体調が整わず、招待できなかったのが残念です。
ポンテルウィッドにあった懐かしい家は、ゲストハウスとして生まれ変わり今も私たちを受け入れてくれます。


 

ねえ、クリフォード。
私は今もあの古い家で過ごした3人の楽しい日々は永遠だと思うわ。
譜面台のついたピアノの音色も暖炉の暖かさも何一つ忘れていないから。

真理を求めるものに道は開かれる。

あれから随分時は流れたけれども覚えているよ。

人生に憂いを感じる時があれば必ず
あなたの人生を思い出す事にしているよ。

不幸な生い立ちにも負けず
前へ前へと進んで行ったあなたの軌跡をお手本にして

私もまっすぐに生きて行こうと誓っているよ。
Hey, Clifford
I think happy days I spent in that old house are forever.
Because I do not forget the timbre of the piano with the music stand and the warmth of the fireplace.
The way is opened to those seeking psychology.
You taught me.
It has flowed for a long time from that but I firmly remember it.
Every time I feel sorrowful in my life, I will definitely remember your life.
I will not lose to my unhappy upbringing
Using the trajectory of your way forward going forward
I am planning to go straight as well.


 
    (アベリースツイスの海岸です。遠くアイルランドを臨みます) 

長々とお読み頂いてありがとうございました。

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